hiroinnのブログ

30代 夫が脳腫瘍(ガン)で他界。あなたに会いに行くまでの日々をどう暮らそうか‥‥

病人のたたかい

激しく体調をくずして、

何日も口から飲み物食べ物を

入れられなかった。

 

動くことも出来なかった。

 

地獄のなか、

祥月命日を向かえて

あなたの為に、私は何も出来ず

布団の中で

苦しみと悔しさと

たたかった。

 

今も

まだ調子が悪いが、

食べられることへの感謝を深く感じている。

 

丸三日間、水すら口から入れられなかった時

さすがに、ヤバい、と思った…

 

 

私は

夫と同じ病気になって

同じように経過をたどり

同じ苦しみを経験して

気持ちを少しでも理解してあげて

あの世で会いたい

 

と、思っていた。

(でもそれじゃいけない事、今回思い知らされたよ。あなたのメッセージだね)

 

今回、少しだけだけれど

同じような症状になった。

 

もちろん同じ病気でもないし、

命の危険がない病気だったのだけど、

 

それでも、今まで気づかなかった事や

あのとき、夫はこんな気持ちだったのかも、

とか、

沢山思うことが、あった。 

 

たとえば、

自分が倒れて身の回りのお世話を全部人にやってもらう事が、こんなにもストレスがかかるのか、(自分が思うようにはして貰えない。大切な人に迷惑かけるし)

 

とか、

 

お世話してくれる人

(夫の場合は私。今回私の場合は母)

が、

私の事をめんどくさくなってきていないか、

こんなになってしまった私の事を邪険に思っているんじゃないか、

 

とか、

 

私の治療を勝手に決めるな、自分で決めたい、と思うけど、

母がやりたいようにすることで、

あわてふためく母が安心するなら、

私はその治療が嫌だけど、我慢してやろうか、

とか。

 

夫は、最後まで

看護師さんに色んなお世話をしてもらう事

を嫌がって、「○○(私)じゃないと」と言ったが、

(他の家族にされるのも嫌がった。「○○(私)しか無理や…」と夫は言っていた)

 

それは、看護師さんに

オシモの事などされるのは、

もちろん嫌だからだと思っていたし、

それは当たり前だと思っていたから、

私は出来る限りの最後の最後まで、

私だけで色んな介助をした。

 

私の全身はぼろぼろ、

大きな夫を支えきれずに自分の体で守るから、腕や足はぶつけまくりで、

腫れ上がったり、傷だらけ。

それはもう本当に必死だった。

 

 

それも、今回分かったことは、

側で見てても看護師さんの患者への触れかたや介助は荒くて、

当時、私は何度も涙流した。看護師さんにも言ったけれど…

 

見ている以上に、

医療従事者は、ガツガツ荒く触り、

体調悪いのが、余計に悪くなる。

本当にストレス。

 

配慮なんてあったもんじゃない。

仕事をこなすのに必死で

その必死感が、調子が悪い患者からすると

恐怖でたまらない。

 

人間として扱われていない

心も体も痛い。

 

救急車で運ばるときも

病院へついてからも

診察の時も

検査の時も。

終わって車椅子に無理矢理のせられ

孟スピードで運ばれ

振り落とされるんちゃうか、と恐怖だったり。

 

あなたはこういう事も、耐えて耐えて

本当にがんばったね。

 

病院は嫌だね。

人間として、大切な一人の人としての感覚をぶち壊されるね。

 

 

これ以上にも

沢山の事を感じた。

 

今回私も目も開けられない約3日間があった。

でも開けられるようになると、

健康な人が、物珍しそうに見てくる視線が

とても気分が悪い。

 

そして、「健康な人」を見たくない。

苛立ちと、疎外感。恐怖。

 

 

あなたは、本当に沢山の事と

向き合い、戦ったんだね。

 

戦ったけど

負けたとかは

全く思わない。

 

 

あなたは

本当にスゴい人だ。

 

最高に素晴らしい人だ。

 

 

 

早く抱き締めてあげたい。

 

早く会いたい。